2019年12月13日

顔のない雨の日が続いていた頃

自分にウソをついて生きたら人生が偽りになると不意に思って

私は黄色い花を力任せに折ってゴミ袋に押し込んだ

花茎がキュっと鳴って鳴き声のように聞こえた

本に這う小虫を閉じ殺した時とは明らかに違う疵が

私の脳のどこかを壊死させたような気がしていた

どういう繋がり方をしたのか未だに理解できないが

私はその頃から突然衝動的に花のデッサンをするようになっていた

子供の頃でさえ何かを描くということをしてこなかったのに

それに楽しいとも思っていないのにいつまでも描き続けている自分にも

ただ手を焼くばかりの終わらないような日々が続いていた

しかしそう言うしかないところに実は私のウソの本質がある

私はずっとあっさりと気づいていたのだと思う

黒の単色だけが這った線に決して色付けなどできるはずがないということを

 

譜奏466

2019年12月11日

霧のような雲が月を横切ったあとにまた何かが月光をさえぎって

私は見知らぬ風のような恐怖を感じて数歩後ずさりました

それが聞き入れられない祈りの残滓のように思えたからです

思えばあの夜から私の胸に何かの種火が転写されたような気がします

そして私の苦しみの始まりの日でもありました

その火の放つ熱が愛に向かっていないとわかっていたから

生命が望む至高の完成というものはいったいどんな形をしているのでしょう

いっそそのようなものなど存在しないと願ってやまないのですが

私がその後奪い合うだけの人生を歩んだのは

ある意味摂理によるロジカルな約束事だったような気がしています

熱は燃えさかる炎になるわけでもなく決して消えるわけでもなく

得体の知れない苦しみだけを私に与え続けました

それは答があるからこその相対反応には違いないのでしょう

月が死んでくれれば愛でなくても向かう何かがあるのかもしれないけれど

 

譜奏465

2019年12月9日

ものすごく偏ったタイプのおばあちゃんになると

私はいつからかそう思って生きてきて今もそれは変わらない

そうなるときっと私は酷い孤独の中で日々を過ごしているのだろうけれど

そこに恐怖を感じるイメージを私は一度として持ったことがなかった

何故なら私の胸には踊るように運命を生きていくというフレーズが

自身の生を感じた瞬間からずっとリフレインしていたからだ

傲慢。貪欲。

あるべき人の姿としては聞こえは最悪でしかないのだけれど

差し当たって言葉にすればこの者たちが私には一番しっくりきている

ただし尊大に振る舞う運命にははっきりと私はリクエストを伝えている

それはこの一卵性の双生児の食料が私が思い描く夢の実行にあるという

その一点に尽きるという唯一の現実だ

だから私はこのように生かされているんでしょと牽制しているのだ

神が奇跡を起こすなら悪魔だって奇跡くらい平気で起こせるはずなんだから

 

譜奏464

2019年12月6日

小屋の楽屋に入ると脂粉の香りが充満していた

何度か打ち上げで顔を合わせた照明さんや若い踊り子に会釈して

吊るし衣裳をかき分けて奥に行くと彼女はまかないのカレーを食べながら

ごめんごめんちょっと待っててすぐ着替えるからと私に微笑んだ

鮮やかな銀飾りのドレス姿だったがむしろその鮮やかさが

今日の私には残酷な華やかさに見えて一瞬視線を落としていたようだ

彼女は高校を中退して男の子を産んでダンサーになると言って

突然着の身着のままでひどい雨の日に私を訪ねて来たことがあった

何故かそんな昔のことを思い出していたら

彼女は私をみつめて見透かすようにニヤッとして悪戯っ子のように

あなたはちょっと辛辣だけど正直だよねと言って

だから考えてることがわたしには全部わかっちゃうわよと笑って

でも大丈夫なの

嘘は毎日だからと言った

 

譜奏463