2019年8月30日

習慣性の強い夢を思春期に得て

私はケモノ道さえ無いような雑林の中を強引に駈けて

どれだけ行けば何があるのかを考える思慮もなく

ただ目前のものにぶつかるように進んできた気がする

それが私の青春だったと言えばそう言う他ない

ある時身体の中なのかまたは別のどこかなのか

何かしらのダメージが残っている自分に気づいたことがあった

私は得体が知れないものを実感することに恐れて

懸命に意識語に変換しようと自身を探る作業を繰り返したが

それは探せば探すほどに遠ざかっていくもののようだった

解らないことは解らないのだからと投げ出していたある夜

私は夢で延々と街路樹が続く道を歩いて行く自分の姿を見て愕然とした

そこには決して等身ではない見知らぬ影が

異身のようにしなやかに私と対になっていたからだ

 

譜奏422

2019年8月28日

秋が似合う人だった

疑い深いところのある私が子供のように話せる人だった

何よりこんなにキレイに生きてきた人はいないと思える人だった

それなのにその人の訃報を受けた時

私は映画のラストシーンを見終えたような気分でいた

2人で少し酔った夜

その人は白い手ねと言って私の手を中指で撫でて

わたしね40を過ぎて整形してね皮膚が固くなっていてね

ちっとも変えられなかったのと言って

バチが当たったのよと笑った

お母さんの形見の指輪を質屋に売ったお金だったからねとまた笑って

本当に悲しそうにこぼしていた途切れない涙の糸が

風にさらわれた一枚きりの写真のように

ただ切なく愛しい思い出として私の胸に置き去られている

 

譜奏421

2019年8月26日

あなたには無意味だけど

あなたには出来ることで私には出来ないことを私が頼んだら

あなたは何故と私に聞きたくなるでしょう

でも私には大切なことだからと答えることしかできなかったら

あなたはその頼み事を聞いてくれる気になりますか

心苦しいばかりですが

私があなたに差し上げられるものはきっと何もありません

それをあなたは私に聞かないことも知っての上です

ところで

私には無意味であなたには大事なことをもし私が頼まれたら

打ちひしがれたような淋しげな表情を見せて申し訳ありません

それはあなたの買い被りですと私は答えます

あなたはその弱さを感じてひと時の強さを得ることでしょう

それがあなたの何故への私からの敬意です

 

譜奏420

2019年8月23日

布に尖った鉄が入って抜けて

色糸が鮮やかな花を咲かせるのがうれしくて

少女だった彼女は取り憑かれたように針を動かしたという

友だちの女の子の誕生日のために描いた絵に水をこぼして

クレヨンが滲んで醜い黒になっていくのを見てから

彼女は大好きだった絵を描かなくなった

色は他の色と混ざると無秩序に濃淡を広げて

悪い虫のような黒い形になっていくことに

彼女は突き放されたような裏切りを感じたという

だって綺麗は失くならないほうが良いでしょ

いつまでも綺麗なままが良いんだから

そう、花が好きなのね、でもどうして今はドレスを縫ってるの?

着るためよ、誕生日に、そしてね、わたし

生きたまま人形になりたいのと少女は言った

 

譜奏419