2019年6月28日

いつまでたっても現れない幸運に

触れない憎しみを抱きはじめていた女は

神様の喜ぶことは何かと考えて正しい日々を過ごし

毎日の祈りも欠かさなかった

いつもより長く希いを祈ったある夜眠りに落ちて

歩いていたら着いてしまったどこかの教会のオルガンの横に

乾いて苦しそうに見えた白薔薇の花弁が目に入って

神様が近くで見ているような気持ちになって

女は聖母のように微笑んで花に香油を塗ってあげた

それが粗い色彩の造花だとわかった時

女は自分の嫉みに触っているような気がしたけれど

作った気持ちと笑みを壊すのが惜しくて知らないフリをしていた

そして朝はっきりとした憎しみの感触を胸に感じながら

女は何故かほっとしている自分に気がついていた

 

譜奏395

2019年6月26日

この前は家出をした冬の話をしましたね

でもわたしあれから嫌いだった冬が好きになったの

こんなおばあちゃんになっても

あの日のわたしが一番好き

きっとどこかに何かがあるって

そんな気しかしなかったから

でも急ぎすぎたみたい

夢をみつけた気になってそれが粉々になって

これってわたしの夢なんかじゃなかったって

泣いたり笑ったり大騒ぎ

それから若さを使ってたくさんの卑しいことをしちゃったけど

その時は女の価値がこんなに早く消えちゃうって知らなかったから

結局売れないパントマイムみたいな人生になっちゃった

ダメねぇ、不健康なプライドは、女だけの毒なのかもしれないわ

 

譜奏394

2019年6月24日

深い黒のサラサラ髪を揺らして

抜けるような笑顔で友だち達と歩いていた

学生時代の彼女を思い出していた

久しぶりに会った彼女はカフェラテを両手で飲みながら

すごいの、会った時は指もちゃんと動かせなかったの

それがね、今はね、楽しそうに楽器を弾くのよ

すんごいうれしそうに笑いながらね、弾いちゃうんだよ

要約すると彼女は障害を持つ子供をサポートをする団体にいて

その子達の初めての演奏会があるから来てくれないかということだった

当日私は狭いホールの一番後ろの席に座って舞台を見ていた

正直演奏は聴くに堪えないものだった

でも何故か涙が出ていた

客もまばらな暗がりで雑に髪を後ろに束ねた彼女の姿があった

身を屈めてリズムを取る彼女を私は本当にただ美しいと思っていた

 

譜奏393

2019年6月21日

空色に赤いチューリップが描かれたティーカップを見つめ

私はキレイというほとんどの気持ち以外の

ほんの少しの鈍い感情を感じていたが

その感情が言葉に成熟したのは

そのことをすっかり忘れていた大人になってからのことだった

扇情的

私はあの可愛いカップを扇情的と感じていたのだ

花は女性たちが着る艶やかな服とそして化粧にも似ている

露わに言えば私はそこに性の香りを感じていたのだ

旅人の目を引き止めなければ生きられない

ジプシーの女の夜のように

私はあの日のミステリアスな気持ちが言葉になったことを悔やんだ

それは私の奥で蠢いていた鼓動のようなものが

何かに認められたように暴れ出すような気がしていたからだ

 

譜奏392