2019年6月10日

金髪になっていたと思って驚いていたら

女は高笑いしながらコレ、ウィッグよと言った

目の周りに柔らかな肉がついて口元が聡明になっていた

前回会った時は確か黒い皮膚のようなサテンのワンピースを着て

胸を半分露わにしていたが今日は一転してふわっとした服装だった

だって外人なんだもん、アメリカ人、背は低いけど

雨の六本木で拾われて彼のオモチャになってたんだけど

気が合っちゃったっていうのかなァ、愛も芽生えちゃったし

聞かれたように答えるいつものパターンが始まっていた

一瞬また妄想の中にいるのかと疑った時

女は素早く私の手を奪って自分のお腹の上に置いていた

ネっ、ほんとでしょ、大現実なのよぅ、撫でてみてったら

そうなんだ良かったね、と私は彼女の痩せたお腹に気づかぬふりで

表情に精一杯の力を込めて微笑み返してみせた

 

譜奏387

2019年6月7日

生きていくためにキレイな精神が必要なように

何かの調和を図るために

嘘や偽りも必要とされているところが

動かない水面の絵のような

人間というジグソーパズルの興味深いところだと思った

目の前に現れた死期の近い人を

一瞬に健常な者に戻せる旅人は

いつの世にも現れない

待つことは報いと対峙している価値と諌めよう

何としても私自身の主体として

私を生き延びるために

それは落ちるように眠った夢が

忘れていない悲しい出来事の監獄だと

後から気づいたからだ

 

譜奏386

2019年6月5日

何かで汚れていたヒールを履いていた女性は

目を閉じるように心を閉ざしたテーブルで脚を組み

浮かした踵を棄てるように投げ出していた

夜明けに思い描いていた5度の音階を急ぎ過ぎて

踏み誤った夜のフェスタからはぐれたように

ありふれていて意識さえ忘れていた静寂が揺れて

水時計の滴が落ち切ったような気配が聞こえていた

人は自分を知ることなど許されているのだろうか

夜の欠片が愛もなく憐れみをみせて

引き止める力を失くしていくことを楽しむように

マニキュアの雫が落ちたような赤を褪せさせていく

集められた燐光を母性のように誇張して

身を潜めていくように消えていくその影を

その陰のままに私に見せつけようとしているように

 

譜奏385

2019年6月3日

大切にしていた宝物が

手をすり抜けていく音を聞いた夜

誰もいない街を歩いたの

湖に沈むように

人は人をみつめて

ただ生きていけばいいって

やさしくささやいた声を

憎みながら

生きることのすべてが

造り物のよう

寂しげに重なった

紫の葉脈さえ

朽ちるを知るかのように奏でし

薔薇のセレナータ

 

譜奏384