2017年7月31日

生きる時間の中で

自分の持つ希いや欲望の

本音や本心を口にすることは

稀な出来事と言っていい

ならば

巷に溢れる夥しい言葉のほとんどは

そのエリアの外に属しているということになるのだろうか

宵の雑踏をガラス越しに見ながら

私はとりとめもなくそんなことを考えていた

信頼という言葉が

苛立たせる虫のように私の胸を落ち着かないものにする

人類が培ってきた遺伝子の中に

信じるという前提を必要としたウィルスを投げ込んだのは

やはり尊大なだけの神の不信体質のような気がする

 

譜奏95

2017年7月28日

どこかの森の中に迷い込んだように

私は髪を括り上げ

葉音を揺らす風のように

舞台の袖から歩き出していた

私は彷徨っている

この僅かな歩幅を繰り返す毎に

私はその自覚を確認する

真っ直ぐ歩くのに辿れない

辿れないのに

同じ音しか続かない

円のようなこの森を私は歩く

巡礼者とすれ違うように

心に透明なニカブを

被うように

 

譜奏94

2017年7月26日

白い薔薇が好きだと言った艶髪の女は

なぜ?と聞いてほしそうに私を見て目をクリクリさせた

甘いウェーブがやさしく揺れて

切り取りたくなるような絵の構図のようだった

白は何にでもなれる

赤は赤でしかないからでしょと私がつまらなさそうに言うと

女は目に角度をつけて端側を尖らせて老婆のような顔で私を睨んだ

私は知っていた

恋を食べることにしか関心を持てないこの人は

薔薇どころか花そのものが嫌いなのだと

しかし私は折々に彼女の誘いを断われずにいた

それはその虚言の彩りの毒に

一瞬の華やいだ女の性が輝くのを見つけてしまう自分が

何色かに滲んでいく誘惑を感じていたせいかも知れない

 

譜奏93

2017年7月24日

穏やかな夜に

月明りと会える窓があれば

私は白く

丸い浅い器をその窓の中央に置き

鏡のように水を張り

その水の真ん中に角砂糖を一つ

音を立てないように

そっと置くの

やがて糖度が水面を膨らませて

月明りを分断していくのを

過ちのように悲しみながら

私の歌

月の熱

明日が最後の夜ならと

 

譜奏92