2018年3月30日

父を亡くした頃

私にまとわりつくように聴こえていた歌があった

英語が得意じゃなかった私は

暗い気持ちで見たその頃の景色とともに

聴き流しそしてその歌を忘れていった

あれからあの歌は聴こえない

誰の歌なのかも私は知らないままに

そして呆気ないほどの速さで過ぎていく時の背を追うように

私は新しい希望をみつけて生きていた

私には未来という景色しか見えていなかった

今日少し良い事があって弾んだ気持ちで歩いていた時

私は一瞬大きく息を飲んだ

私は口ずさんでいたのだ

その存在さえも忘れていたと思っていたあの名も知らぬ歌を

 

譜奏200

2018年3月28日

悲劇を作品にするアーティストの拠り所は

演出のイマジネーションを与えてくれる妄想の熱の精度にある

ただの現実にそんな力など無く

不幸を悲劇にまで高めるには雑多な悲しみなど

焼き切るほどの価値しかないということだ

透明なるイミテーション

その努力された透度だけが熱を伝える力なのだよと

夢か幻想かも理解しない私の

心のスキを突いた同行者が小声を残して消えた午後

あっという間に私の身体を覆い尽くすように

驚く間も無く白い蝶が集まってきて

同じ白の霧に包まれた花園に眠る妄想に私は置かれて

変化していた私はこの今が途切れないことを希ってしまっていた

貪欲にしか見えない白の脆い静止を楽しむように

 

譜奏199

2018年3月26日

人は老いること

人が亡くなること

この避けられない事実が私には

いつまでたっても咀嚼し切れないままだ

私はただ幼くて

命の定理を実感しない盲目の中で生きている

変えられないことを受け入れて拒む平静と諦観を

両者を見分ける知恵を私は力なく想う

思い出は切ないままに人を愛し過ぎて

なのにその愛は断片的に偏っていく

吐息の筒から漏れ零れた吹きガラスが作る淋しい形が

成り行きのように私の目を開かせて

私自身の想いに届くのなら

私は私を知る者になれるのかもしれない

 

譜奏198

2018年3月23日

美しくても

切り花の命は短いと

誰かの嫉みを読むような

青に似せた媚びに光る銀の鎖

その中央の月長石は

無機の体で予知を売るという

喜びの感情の扱いに問題のある私は

私自身との対立を避けるために

知らず知らずのうちにその青の光に似た心を飼っていた

仕方がなかった

必要なのは言葉の血漿以上の行いであることは

知っていたのだから

私の傍にいれば何が起きても安全とやさしいだけの

耳鳴りのような声が聞こえていた気がしていたのだから

 

譜奏197