深い悲しみに浸ったら
その毒を吐き出すために女は
誰かの悲しみにつけ込む
私もそうよ
だから気が済んだのよと
廃船の鉄錆に人差し指を押し付けて
女は何かの文字を書いた
わずかな陽光が一瞬彼女の荒んだ細い髪の毛を掠めた
相手のことは考えないの?どうしてこんな船にいるの?と
私は聞こうとして息を飲む
その息が雫のように形を作って錆びを削っていく気がしたからだ
そして見透かすように彼女は高笑いをして私を睨んで言った
何よ忘れたの?
水よ私はあなたの
譜奏147
深い悲しみに浸ったら
その毒を吐き出すために女は
誰かの悲しみにつけ込む
私もそうよ
だから気が済んだのよと
廃船の鉄錆に人差し指を押し付けて
女は何かの文字を書いた
わずかな陽光が一瞬彼女の荒んだ細い髪の毛を掠めた
相手のことは考えないの?どうしてこんな船にいるの?と
私は聞こうとして息を飲む
その息が雫のように形を作って錆びを削っていく気がしたからだ
そして見透かすように彼女は高笑いをして私を睨んで言った
何よ忘れたの?
水よ私はあなたの
譜奏147
嘘が嫌いだと言う人は
おそらく嘘をついて傷ついたことのある正しい人
嘘をついて生きてきた人は
おそらく嘘の艶を食べて過食に気づかない滅びゆく人
正しい人も時々には艶を食べ
滅びゆく人も時には正しい人を食す
私にはそれは単なる嗜好のように思えていた
嗜好には流行り廃りが付き物なのだから
しかし私は揺れるようにふとある情景に打たれていた
私の終わりなんて怖くないと呟いた夜だった
現れた天使が何故かやさしく微笑みかけてきたことを
今は単に心証に過ぎないけれど
嗜好を分けて遊んできた一番の嘘つきは
その微笑みの主だった気がしている
譜奏146
どう足掻いても
時間の血清は
過去にはない
その痛みがあったのだろう
私の夢の堆積で組成された仮想の彼女は
悔いを濾過してシグナルを伝えてくるキャストとして
ある意味私に最も近い存在だった
白日の微睡みに突如として現れた彼女が
もうこの堆積の養分は石化していくだけだと私に告げて
最後の愛情のように私をみつめた時
永遠の秘密を脳のシナプスの中に閉じ込めたような
あまりに美しいガラスカットの目に怯む私に
声もなく唇を動かして神様の顔を見たと
彼女は確かにそう言って消えていった
譜奏145
直感には理由がある
そしてその理由は突き止める必要がない
自分の意志では動かせない筋肉のようなものなのだから
感じるというこの素晴らしい機能は
生物にとって人にとって最も重要な生命線だ
だからここまでで良い
本来は
言葉など持たなくても
幼い憧れに心焦がして鏡に向かって吐き出した言葉が
蜘蛛の糸のように変質したあの日
あの日に一度だけした赤いマニキュア
さびしさの重さに耐えきれないように床に落ちて
その紅がある意志のように何かを探すように
今もまだ私の胸に棲みついている
譜奏144