2017年11月29日

深い悲しみに浸ったら

その毒を吐き出すために女は

誰かの悲しみにつけ込む

私もそうよ

だから気が済んだのよと

廃船の鉄錆に人差し指を押し付けて

女は何かの文字を書いた

わずかな陽光が一瞬彼女の荒んだ細い髪の毛を掠めた

相手のことは考えないの?どうしてこんな船にいるの?と

私は聞こうとして息を飲む

その息が雫のように形を作って錆びを削っていく気がしたからだ

そして見透かすように彼女は高笑いをして私を睨んで言った

何よ忘れたの?

水よ私はあなたの

 

譜奏147

2017年11月27日

嘘が嫌いだと言う人は

おそらく嘘をついて傷ついたことのある正しい人

嘘をついて生きてきた人は

おそらく嘘の艶を食べて過食に気づかない滅びゆく人

正しい人も時々には艶を食べ

滅びゆく人も時には正しい人を食す

私にはそれは単なる嗜好のように思えていた

嗜好には流行り廃りが付き物なのだから

しかし私は揺れるようにふとある情景に打たれていた

私の終わりなんて怖くないと呟いた夜だった

現れた天使が何故かやさしく微笑みかけてきたことを

今は単に心証に過ぎないけれど

嗜好を分けて遊んできた一番の嘘つきは

その微笑みの主だった気がしている

 

譜奏146

2017年11月24日

どう足掻いても

時間の血清は

過去にはない

その痛みがあったのだろう

私の夢の堆積で組成された仮想の彼女は

悔いを濾過してシグナルを伝えてくるキャストとして

ある意味私に最も近い存在だった

白日の微睡みに突如として現れた彼女が

もうこの堆積の養分は石化していくだけだと私に告げて

最後の愛情のように私をみつめた時

永遠の秘密を脳のシナプスの中に閉じ込めたような

あまりに美しいガラスカットの目に怯む私に

声もなく唇を動かして神様の顔を見たと

彼女は確かにそう言って消えていった

 

譜奏145

2017年11月22日

直感には理由がある

そしてその理由は突き止める必要がない

自分の意志では動かせない筋肉のようなものなのだから

感じるというこの素晴らしい機能は

生物にとって人にとって最も重要な生命線だ

だからここまでで良い

本来は

言葉など持たなくても

幼い憧れに心焦がして鏡に向かって吐き出した言葉が

蜘蛛の糸のように変質したあの日

あの日に一度だけした赤いマニキュア

さびしさの重さに耐えきれないように床に落ちて

その紅がある意志のように何かを探すように

今もまだ私の胸に棲みついている

 

譜奏144