2019年9月30日

混ぎれるように街の雑踏の中を歩いていると

つい自分の自分らしさとは何だろうと思ってしまう

こんなにも多くの人がいるのだ

その一人一人が的を得た自分らしさを見つけて

そんな自分を生き抜くことなど出来るのだろうかと思ってしまう

では何かの衣を借りて衣を装う生き方はどうだろうか

見つけなくて良いだけラクではあるがそれはダメだろうとすぐ判る

最初に借り物という制約がある時点ですでに致命的なのだから

やはり投げ出して逃げるということは偽わるということと同族だ

躓いても苦しくても哀しみの淵に落ちていたとしても

何かを演じて生きることは愚かな過ちなのだと断定する必要がある

人生に定式化させた小手先のアルゴリズムは通用しないと知ろう

そもそも人間には

自身を欺いて生きる完全犯罪など成立しないのだ

 

譜奏435

2019年9月27日

煉瓦道の角の花屋さんのガーベラを流し見して

私は白いピアノが置かれている部屋に向かって歩いていた

胸を弾ませて何度この道を歩いたことだろう

女優の夢を一度も捨てようと思わなかった貧しい女が

初めてお金のために働いた店でピアノを奏でていたのが彼女だった

鍵を開けると彼女が振り向いて笑った気がした

私もいつものように明るく微笑んだ気がしていたけれど

蒼い水面のさざめきのような半音階が

悲しい雨音のようにリフレインされていた彼女のノクターンを

私は消えていくだけの幻と知りながら

行き場のない愛しさに溺れていく自分に怯え

決して凍えることのない時という魔物そのものに

憎しみに似た強い敵意だけを募らせて

風音を閉ざすドアにただ茫然と立ち竦んでいただけだった

 

譜奏434

2019年9月25日

もし何かに生まれ変われるとしたら

わたしはカモメになって海風を感じてみたい

愛を失くした人の悲しみをみつめ

さびしさに打ちひしがれる人の涙に寄り添い

明日のように円を描いて鳴いてあげることも出来るから

私を含む人として罪に属す一番の醜さと思えるのは

自分より不幸そうな人を見つけ出して覚えておくように努めて

食べ続けなければ維持出来ない安堵に似た感情を得ることだろう

何故そんなつまらない遺伝子が繋がれてきたのだろうか

今日気が触れたように喋り続けながら歩く人を見かけた

すれ違いざまに数人が笑い多くの人が汚物のようにその人を避けた

そして何事もなかったかのように普段の日常の光景に戻っていた

誰もその空気感の中で憐れみの目を持つ人がいなかった

私には皆同じ毒をワクチンのように飲んでいたかのように思えた

 

譜奏433

2019年9月23日

忘れるという出来事は救いなのか呪いなのか

どちらにせよこれは最も答の出ない問いに違いない

思い出したくないことを消してしまおうと思ったら

人は過去を手放すしかないだろう

しかしそうしたとしても上手くいくとは思えない

記憶の分別は労多く実りの約束されない不毛な作業だからだ

私は案外忘れようとする意思がむしろウィルス化し

記憶に決して消せない瘢痕を遺すことになるのではと危惧している

潜在意識とはそれほどに思うようにならない得体無き魔物なのだ

やはり人は嗜好の都合で生きてはいけない生き物なのだろう

平坦な考えのように思うがすべてを受け入れてこその人生ではある

私はふと忘れてしまいたい出来事を箇条書きにしてみようと思い立ち

ボールペンを持ちノートの新しいページを開いて睨んでいたが

結局朝まで石のようになって一文字も書けない自分を笑っただけだった

 

譜奏432