2018年1月31日

銀細工のペンダントに最後の薔薇を彫った後

老いた職人はリングの上に十字架を付けて

母の生前の写真にその影を合わせた

若き日の母の胸元に陽光のようなペンダントが輝いていた

薔薇が息ができないと嘆きそうなほどに

悲しみに偏っていった彼の心の滑面は

過敏な硝子の湿板のように陰に刻まれていて

そのフレームから出ることを拒んでいた

時が解決しないことがあることを

自身の老いによって知らされるように

彼は枯れない薔薇を彫るしかなくなっていた

不意の微睡みに襲われて柔らかく揺れる薔薇を見つめながら

過ぎゆく時のように踊ってしまったら

永遠に彼女を失ってしまうことを知っていたからだ

 

譜奏175

2018年1月29日

その言葉その行ない

その出来事

それさえ無ければそれさえ有れば

その日さえ来なければ

そんな一日さえあれば

そんな人さえいてくれたなら

その人さえいなければ

それさえ言ってくれてたら

それさえ言わなければ

もしもの整数を埋めていく実数にも

悟られることもなく

一は

IF

 

譜奏174

2018年1月26日

人生は楽しまないとという言い方が

私は嫌い

幸せになろうねというフレーズは

もっと嫌い

浅ましいというか単細胞というかそんな風にしか感じない

一定の人生の益を受けるのは当然で

その上自分好みの嗜好品を人生に加えていく

それは全く悪い考えではない

だってそうでしょと言われたら言い返せない

でも嫌い大嫌い

忘れていることが多過ぎる

人が尊大になっている

危ういほどに

私の私見に過ぎないけれど

 

譜奏173

2018年1月24日

誤魔化そうとした表情が心の答えを表して

胸の背に淋しさをかすめる時

私は正直に生きた父と母を誇りに思う想いが

自分の心の底に落ちていこうとしている淋しさを

ただみつめているだけの自分を恥じていた

その底の記憶に流れるオルゴールのような音

いつからか聴こえなくなっていた魔法の音色

得体の知れない時の何かがそれを奪い合っていったのだろうか

私が選んだ人生

しかし私がすべてを選んだ訳じゃない

決められた地に引かれるように行くのなら

そしてやがて虹を見上げることになるのならもう少し

もっと淡い色がよかったと

私は小さな心の隅でそう思っていた

 

譜奏172