2019年12月18日

違う、と思って気づかないフリをしていたが

声でしょ、声が違うと思ってるんでしょ、と目を覗き込んできた

声帯にステロイドが入ってるの

手術したのよ、と恋中毒の女はさばさばと言った

どうして、と聞きたかったが聞くほどの関係でもなかった

それでその話は終わって会わなかった数年間の雑談をした

黒髪がロングのチェスナットブラウンになり

リップしかつけなかった唇は艶やかなグロスピンクになっていた

それに合わせたアイボリーに近いマニキュア

服装も含めて全体の印象が性人形化しているように見えた

別れ際女は私の目に十本の指を開いてまたお茶しようねと言って

両親がね、もう死んじゃってね、もうわたしのこと知ってる人がいないの

と後ろ歩きしながら黒髪の頃のようにあどけなく手を振った

私は熱くなっていく胸に気づかないようにただ手を振り返しただけだった

 

譜奏468

2019年12月16日

永遠でなくてもいい

誰も壊せないものを

限りある命の終息までに

この手に創りたいと

私は仰いだ千光を祈りの虹彩に写して

敬意の地に額ずいた

額から現れる血の赤を

光源の仮神に認視させるために

しかし一方で

形あるものこそ歪なるものという問いに

私の祈りは揺れ萎える

万物のそしてこの命そのものがその証なのではと

ならば浅はかなる者として音言葉を地に落とそう

ならばやはり永遠をと

 

譜奏467

2019年12月13日

顔のない雨の日が続いていた頃

自分にウソをついて生きたら人生が偽りになると不意に思って

私は黄色い花を力任せに折ってゴミ袋に押し込んだ

花茎がキュっと鳴って鳴き声のように聞こえた

本に這う小虫を閉じ殺した時とは明らかに違う疵が

私の脳のどこかを壊死させたような気がしていた

どういう繋がり方をしたのか未だに理解できないが

私はその頃から突然衝動的に花のデッサンをするようになっていた

子供の頃でさえ何かを描くということをしてこなかったのに

それに楽しいとも思っていないのにいつまでも描き続けている自分にも

ただ手を焼くばかりの終わらないような日々が続いていた

しかしそう言うしかないところに実は私のウソの本質がある

私はずっとあっさりと気づいていたのだと思う

黒の単色だけが這った線に決して色付けなどできるはずがないということを

 

譜奏466

2019年12月11日

霧のような雲が月を横切ったあとにまた何かが月光をさえぎって

私は見知らぬ風のような恐怖を感じて数歩後ずさりました

それが聞き入れられない祈りの残滓のように思えたからです

思えばあの夜から私の胸に何かの種火が転写されたような気がします

そして私の苦しみの始まりの日でもありました

その火の放つ熱が愛に向かっていないとわかっていたから

生命が望む至高の完成というものはいったいどんな形をしているのでしょう

いっそそのようなものなど存在しないと願ってやまないのですが

私がその後奪い合うだけの人生を歩んだのは

ある意味摂理によるロジカルな約束事だったような気がしています

熱は燃えさかる炎になるわけでもなく決して消えるわけでもなく

得体の知れない苦しみだけを私に与え続けました

それは答があるからこその相対反応には違いないのでしょう

月が死んでくれれば愛でなくても向かう何かがあるのかもしれないけれど

 

譜奏465