2017年12月4日

切り花が枯れたあと

悲しみでストレスに弱くなっていた老いし人は

水の濁りで切り根が腐敗していくのを知りながら

術もない悲しみと共にただ日々を放置していた

時への憎しみだけを募らせた時間は

褪せていく花色と同調するように老女の胸に残った

夢を見るために時から離れていくために老女はただ眠り続けた

ダンスに明け暮れた若き日の自分が現れる

張りのある汗を黒髪から飛散させて

あの時私は何を思っていたのだろうかと思った

しかし記憶は古いフィルムのように途切れて

不意に差し出された紅い薔薇の花束だけが遺っていた

老女の頬が束の間少女のように微笑んで

時を失なうように消えていった

 

譜奏149

2017年12月1日

スタンドの明かりの陰

遮られているのに何かが動く気配のある陰

穏やかな夜の中の僅かなノイズ

身体の全ての力を抜けないように

完全なる安寧は人には与えられていない

読みかけの本の影をその陰に覆い被せて殺して

私は次のページを剥ぐようにめくる

物事には必ず結末が待っているという摂理のような現実の犯人は

寄せ集められたノイズが

亀裂にまで成長していく習性を持っているせいだろう

まさか禁断の林檎を食べた罪のルールが

まだ継承されているとでもいうのだろうか

そうであるのなら神を含め

感情に自然死はないということになる

 

譜奏148

2017年11月29日

深い悲しみに浸ったら

その毒を吐き出すために女は

誰かの悲しみにつけ込む

私もそうよ

だから気が済んだのよと

廃船の鉄錆に人差し指を押し付けて

女は何かの文字を書いた

わずかな陽光が一瞬彼女の荒んだ細い髪の毛を掠めた

相手のことは考えないの?どうしてこんな船にいるの?と

私は聞こうとして息を飲む

その息が雫のように形を作って錆びを削っていく気がしたからだ

そして見透かすように彼女は高笑いをして私を睨んで言った

何よ忘れたの?

水よ私はあなたの

 

譜奏147

2017年11月27日

嘘が嫌いだと言う人は

おそらく嘘をついて傷ついたことのある正しい人

嘘をついて生きてきた人は

おそらく嘘の艶を食べて過食に気づかない滅びゆく人

正しい人も時々には艶を食べ

滅びゆく人も時には正しい人を食す

私にはそれは単なる嗜好のように思えていた

嗜好には流行り廃りが付き物なのだから

しかし私は揺れるようにふとある情景に打たれていた

私の終わりなんて怖くないと呟いた夜だった

現れた天使が何故かやさしく微笑みかけてきたことを

今は単に心証に過ぎないけれど

嗜好を分けて遊んできた一番の嘘つきは

その微笑みの主だった気がしている

 

譜奏146