2019年9月25日

もし何かに生まれ変われるとしたら

わたしはカモメになって海風を感じてみたい

愛を失くした人の悲しみをみつめ

さびしさに打ちひしがれる人の涙に寄り添い

明日のように円を描いて鳴いてあげることも出来るから

私を含む人として罪に属す一番の醜さと思えるのは

自分より不幸そうな人を見つけ出して覚えておくように努めて

食べ続けなければ維持出来ない安堵に似た感情を得ることだろう

何故そんなつまらない遺伝子が繋がれてきたのだろうか

今日気が触れたように喋り続けながら歩く人を見かけた

すれ違いざまに数人が笑い多くの人が汚物のようにその人を避けた

そして何事もなかったかのように普段の日常の光景に戻っていた

誰もその空気感の中で憐れみの目を持つ人がいなかった

私には皆同じ毒をワクチンのように飲んでいたかのように思えた

 

譜奏433

2019年9月23日

忘れるという出来事は救いなのか呪いなのか

どちらにせよこれは最も答の出ない問いに違いない

思い出したくないことを消してしまおうと思ったら

人は過去を手放すしかないだろう

しかしそうしたとしても上手くいくとは思えない

記憶の分別は労多く実りの約束されない不毛な作業だからだ

私は案外忘れようとする意思がむしろウィルス化し

記憶に決して消せない瘢痕を遺すことになるのではと危惧している

潜在意識とはそれほどに思うようにならない得体無き魔物なのだ

やはり人は嗜好の都合で生きてはいけない生き物なのだろう

平坦な考えのように思うがすべてを受け入れてこその人生ではある

私はふと忘れてしまいたい出来事を箇条書きにしてみようと思い立ち

ボールペンを持ちノートの新しいページを開いて睨んでいたが

結局朝まで石のようになって一文字も書けない自分を笑っただけだった

 

譜奏432

2019年9月20日

似合わなくてもいい

私は少女の頃から赤いパンプスを履く自分を夢見ていた

そして18のある春の日にとうとう待ちきれなくなって

私は遠い街まで行って秘かに買っていた夢のパンプスを履いて

誰も私を知らない繁華街を女優のように微笑みながら歩いた

しかしその時不運の雨が降りだしてきて

私は身体より赤に合わせたブラウスよりパンプスが気にかかり

走ってカフェに飛び込んで新しいハンカチで雨粒を拭き取ったのに

何故かその時その赤が急に見飽きたもののように思えてしまって

やっぱり私には白のパンプスのほうが似合うように思えてきて

そう思ったらさらに赤が褪せたように思えてきて

シューズに履き変えて帰りの駅のゴミ箱に裸のままの赤を捨てていた

そしてふとこのブラウスは何てこのシューズと合わないんだろうと

悲しくなってなかなかこない電車を俯くように待ち侘びていたのだ

 

譜奏431

2019年9月18日

ハタチ前から飲んだくれの人生

覚えたのはサルサのステップだけ

夢と現実の区別がつかなくて

もう死んじゃったと思っていたら

知らない場所で目が覚めて

すごくびっくりしたけど

でもうれしくなかったから

また寝たのよ

知らない場所で

わたし自分が誰か忘れたかった

ただそれだけだったのに

ひどい生きかたをしてしまったわ

でもきっとこのままよ、きっと何かの罰をわたし

受けなきゃいけないから

 

譜奏430