2019年10月4日

左利きだと分かった時

両親が何故か右利きに矯正しようと考えて

練習させられているうちに左右どちらも同じように使えるようになって

わたしも面白くなっていろんな筆跡で書いて遊んでいたら

両手で10種類くらいの違う文字が書けるようになって

さらに面白くなってしまってエスカレートしてしまって

多分専門家でも判別出来ないくらいの完成度にまでなっていて

だったらそれぞれの違った人格を持って書かなきゃいけないと思って

文字と合いそうな人格を一生懸命思い浮かべて書くようになって

それがまた面白くてやめることが出来なくなってしまって

イイ大人になったのに仕事にも恋にもオシャレにも興味が湧かないの

だって忙しいんだから本当に

もっともっと増やさなきゃいけないんだからね本当に

でないと叱られちゃうでしょ大好きなお父さんお母さんにサ

 

譜奏437

2019年10月2日

元々の相性が悪いと思っていた人だから

しっかりと注意して気を抜かずに話をしていたのだけれど

どうしてワタシだけがこんな風にならなきゃいけないの、的な話を

そこだけは細かく仕分けして連続して聞かされていると

顔を洗う時に失敗して袖口から水道水が腕を伝わってくるような

どんよりとした不快な気分になっていた

この気分は私は本当に苦手だった

あとで必ず自分の心の狭さを思い知らされることになるからだ

私は意を決して何か気の利いたことを言おうと思ったのだけれど

結局視線を和らげて微笑んでみせただけだった

きっと私もどこかで誰かに同じようなことをしている

寸前に心が私にそう言ってくれているような気がしたからだ

そして神?の声は得てしてこういう人の口から

不意に抑揚もなく発せられるのが常だという予感も働いていた

 

譜奏436

2019年9月30日

混ぎれるように街の雑踏の中を歩いていると

つい自分の自分らしさとは何だろうと思ってしまう

こんなにも多くの人がいるのだ

その一人一人が的を得た自分らしさを見つけて

そんな自分を生き抜くことなど出来るのだろうかと思ってしまう

では何かの衣を借りて衣を装う生き方はどうだろうか

見つけなくて良いだけラクではあるがそれはダメだろうとすぐ判る

最初に借り物という制約がある時点ですでに致命的なのだから

やはり投げ出して逃げるということは偽わるということと同族だ

躓いても苦しくても哀しみの淵に落ちていたとしても

何かを演じて生きることは愚かな過ちなのだと断定する必要がある

人生に定式化させた小手先のアルゴリズムは通用しないと知ろう

そもそも人間には

自身を欺いて生きる完全犯罪など成立しないのだ

 

譜奏435

2019年9月27日

煉瓦道の角の花屋さんのガーベラを流し見して

私は白いピアノが置かれている部屋に向かって歩いていた

胸を弾ませて何度この道を歩いたことだろう

女優の夢を一度も捨てようと思わなかった貧しい女が

初めてお金のために働いた店でピアノを奏でていたのが彼女だった

鍵を開けると彼女が振り向いて笑った気がした

私もいつものように明るく微笑んだ気がしていたけれど

蒼い水面のさざめきのような半音階が

悲しい雨音のようにリフレインされていた彼女のノクターンを

私は消えていくだけの幻と知りながら

行き場のない愛しさに溺れていく自分に怯え

決して凍えることのない時という魔物そのものに

憎しみに似た強い敵意だけを募らせて

風音を閉ざすドアにただ茫然と立ち竦んでいただけだった

 

譜奏434