不良少女がいた
中学生の時から家出して
盛り場の海に溺れているような女の子だった
私とは同じ学校だったが話したことはなかった
しかしその特徴的な顔は私の記憶に刻まれていた
一言で言えば
あまりに淋しそうな姿をしていたからだ
十数年が過ぎた平日の午後
故郷から離れた都会で彼女と出くわした
彼女は小さな子供を連れて
子供は赤い靴をはいて黄色の風船を持っていた
私は涙が溢れたまま泣いていた
膝を下げて微笑む彼女の横顔が
あまりに美しかったから
譜奏77
不良少女がいた
中学生の時から家出して
盛り場の海に溺れているような女の子だった
私とは同じ学校だったが話したことはなかった
しかしその特徴的な顔は私の記憶に刻まれていた
一言で言えば
あまりに淋しそうな姿をしていたからだ
十数年が過ぎた平日の午後
故郷から離れた都会で彼女と出くわした
彼女は小さな子供を連れて
子供は赤い靴をはいて黄色の風船を持っていた
私は涙が溢れたまま泣いていた
膝を下げて微笑む彼女の横顔が
あまりに美しかったから
譜奏77
春風の悪戯か
大気に漂う死種の気配に顔を背けて
私は以前は異物としか感じなかった私自身の中の
平安という認識の揺れに心を苛つかせていた
訳も兆しもなくただ疑ったのだ
何よりも私は時の退廃を避け
その退屈を嫌ってきた
退廃は退屈を食べそして
蠢くようにその細胞を増殖していく ウィルスそのものなのだからと
しかし私は平安を退廃と結び付けた経過を覚えてはいなかった
苛立ちは一つの結論はまたその経過でしかないという恐れからきているのかも知れない
天声の如く下りてくる人生の示唆を鵜呑みにはできないと
示唆そのものが退廃の中で育つ
ウィルスであるのかも知れないと
私は感じていた
譜奏76
気にも留めなかった冬が過ぎた頃
私はいつしか
珈琲を飲む習慣がついている自分に気がついていた
小さな頃は甘い物ばかりを母にねだる子供だったのに
犯人は判っていた
頑なな背で急ぎ足で生きていた私をあざ笑うように
ぼそぼそと
路地の日なたで寝転がっているネコのような不思議が
私の洞に飄々と入り込んできていたからだ
そのネコは胃潰瘍になっているのに
日に何度も喫茶店に入って珈琲を飲みぼそぼそとしゃべる
私が席を立てないことばかりを話して
のろく動いて珈琲の香りを時に同調させて
私がそこにいることさえ気にも留めないように
譜奏75
夜の静寂に溶け込んでいく時
私の精神は癖のように一つの問いにつかえる
自分の心の闇に気づいてしまった人は
その闇に入り込んで
正体を探ろうとすればいいのか
それとも
新しい光をみつけて
その闇そのものを照らしてしまおうと
外に目を向けて足掻けばいいのかと
しかしそのつかえは軽い痒みを残すだけで
いつも私の精神から後ずさっていく
愛されなかった天使が
授けられていない断定を見破られて
飽きた笑みで翼を翻すように
譜奏74