2017年7月26日

白い薔薇が好きだと言った艶髪の女は

なぜ?と聞いてほしそうに私を見て目をクリクリさせた

甘いウェーブがやさしく揺れて

切り取りたくなるような絵の構図のようだった

白は何にでもなれる

赤は赤でしかないからでしょと私がつまらなさそうに言うと

女は目に角度をつけて端側を尖らせて老婆のような顔で私を睨んだ

私は知っていた

恋を食べることにしか関心を持てないこの人は

薔薇どころか花そのものが嫌いなのだと

しかし私は折々に彼女の誘いを断われずにいた

それはその虚言の彩りの毒に

一瞬の華やいだ女の性が輝くのを見つけてしまう自分が

何色かに滲んでいく誘惑を感じていたせいかも知れない

 

譜奏93

2017年7月24日

穏やかな夜に

月明りと会える窓があれば

私は白く

丸い浅い器をその窓の中央に置き

鏡のように水を張り

その水の真ん中に角砂糖を一つ

音を立てないように

そっと置くの

やがて糖度が水面を膨らませて

月明りを分断していくのを

過ちのように悲しみながら

私の歌

月の熱

明日が最後の夜ならと

 

譜奏92

2017年7月21日

十字架に絡みつくアイビィのように

私の自覚していない欲望の形が

意味もなく整った構図になって

浴びた陽の葉先になって伸びていく

何故気がついた時には

私はいつも砂浜を歩いているのと聞いたのに

淡い色に同化していくのは一つの死と言えるから

悲しんでもいいよと海が言った気がしたあと

それは言葉にできることなの?と

私は言い返したかったけれど

自制するように海風が吹いてきたので

私はただされるがままに立ち竦んでいるしかなかった

構図の中で意識を持たない私こそが

最後のデッサンなのだと知ったからだ

 

譜奏91

2017年7月19日

量子が遊ぶ点描のように

雨上がりのアスファルトの背に密やかに

淡く注ぐ落ちし煌き

月光色

私が確かにここに立っていることを認め

その本質へ向かおうと願うことを知る

仄かなだけの光

仮装とも言えず

本質とも言えず

そのどちらでさえ

どちらでもないと言えず私は

ただ光をなぞる

今はそれでいいと言葉になりそうな息を

月に殺して

 

譜奏90