2019年7月12日

心臓が一瞬のうちに何倍かに膨らんで

身体の血液の半分が消えていくような

ひどい悲しみに出逢ったことがあった

悲しみは一瞬では終わらないことを

それからの私は身体の痛みで知らされ続けている

うちひしがれた日々が乾きつつある頃

私は委ねるように自分のこれからの人生を考えた

そして自覚のない涙が落ちていくのを見た時に思った

心の希うままに生きることが私の全てなのだろうと

その時思いもよらない鮮やかな映像が心に浮かんできて

閉じ込められた小鳥のように私を息苦しくさせていた

あどけなく晴れた日に私は大道で色彩のように舞いながら

明日を知らないジプシーのように

見知らぬ土地で死んでいきたいと願っていたのだ

 

譜奏401

2019年7月10日

音の出るドアを開けると黒茶っぽい板が敷いてあって

その上を歩くと何十年も変わっていない古い木の音がして

見慣れた焦げ茶のテーブルと暗い赤の椅子が見えてきて

何故かいつも空いている一番奥の窓際に私は座って

窓から見える痩せた何かの木の先の通りを見ていたりしていた

あの頃の人はもう誰もいない

しかし変わらない濃い珈琲の香りが主のように立ち込めていた

昔はこの場所が好きだった

そして髪形を気にしていたその頃の私が好きだった

熱情だけに魅かれて私は丁寧に生きることを忘れ

多くのことを気にも止めずに走ってきたように思う

でも解っていた

私は振り返ろうとしている訳ではないと

寧ろちゃんと置き去りにしようと決めて此処に来ていると

 

譜奏400

2019年7月8日

恋は0.2秒で始まって

ドーパミンって言うの?がBAaーNと出てきちゃって

それで恋がそれを食べ尽くしちゃったらおしまい

なんだって知ってる?

ホントだったらすごい嫌な話だよね

でもね、なんか分かる自分が怖いーって感じ

私ある事があってその恋の人のことを

心の中で殺しちゃったことがあるの

ちょっと自分でも酷いと思ったけど

でもね時間が経つほどに全然なんともなくなっちゃった

だってさ

私の何がいけないの?と思ったの

信じてる人に見つめられて嘘なんてつかれたらさ

女は正気を失なうものなのよ

 

譜奏399

2019年7月5日

父からもらって寝る時も首にかけていた貝殻飾りの中糸をほどいて

それがもう二度と戻せないものだと分かった時

私はばらばらになった貝を一つづつ石で割って

泣きながら走って母の胸に飛び込んでまた泣いていたことがあった

何かを失くすという実感を恐れた初めての日のことだったと思う

しかし子供心に今形あるものが無くなるということが

どうしても受け入れられないまま私の目の残像だけが

今も私の心に固体のような影になって居座っている

何故だろう愛という言葉を聞くたびに

私はその日のことを思い出してしまうようになっていた

貝殻を粉々にした自分の衝動が私のどこかでずっと疼いている

そして私は

その痛みをずっと愛し続けている自分に気づいている

あの日壊して失くしたものを本当は知っているかのように

 

譜奏398