2018年2月5日

高層ビルのラウンジの窓際席に座って

私は黒いマッチ箱にしか見えない車や

虫たちのような人の流れていく景色を見ていた

こうしていると私はいつも同じことを考える

人が唯一解り合える共有は痛みの他にはないのだろうと

その証に時に痛みを癒す養分など含まれていない

ただ愚鈍に風化させるだけの役割でしかないのだと

この店ではこの国では珍しくファドが流れる

遠く離れた異国の地で紡がれた異端の音楽

哀調のファド

そのアルペジオが奇跡に問うように漠然と奏でられて

そして私は考える

私は何故ここにいるのだろうと

今私の運命は空腹なのかも知れないと

 

譜奏177

2018年2月2日

真冬に暖房をMAXにして部屋を薄明かりにして

アイスクリームを食べる

内緒で少し悪いイタズラをしているように

子供の頃からいくらか潔癖なところがあった私は

そんな自分に反抗するようにそんなことをしていた時期があった

ささやかにはみ出すことは私にとって

思いがけなく存外に楽しいことになっていた

予想通りそれからの私は私の当たり前から

さまざまにエスカレートしてはみ出すようになっていく

破壊することで元々そこにあった何かの形を確かめるように

生きるということが一本の糸を織り込むことなら

私は私の熱の色でその糸を灼き

人生がせめぎ合う水の流れのようなものなら

私はただ意思無き人のようにそのうねりに身を委ねていたい

 

譜奏176

2018年1月31日

銀細工のペンダントに最後の薔薇を彫った後

老いた職人はリングの上に十字架を付けて

母の生前の写真にその影を合わせた

若き日の母の胸元に陽光のようなペンダントが輝いていた

薔薇が息ができないと嘆きそうなほどに

悲しみに偏っていった彼の心の滑面は

過敏な硝子の湿板のように陰に刻まれていて

そのフレームから出ることを拒んでいた

時が解決しないことがあることを

自身の老いによって知らされるように

彼は枯れない薔薇を彫るしかなくなっていた

不意の微睡みに襲われて柔らかく揺れる薔薇を見つめながら

過ぎゆく時のように踊ってしまったら

永遠に彼女を失ってしまうことを知っていたからだ

 

譜奏175

2018年1月29日

その言葉その行ない

その出来事

それさえ無ければそれさえ有れば

その日さえ来なければ

そんな一日さえあれば

そんな人さえいてくれたなら

その人さえいなければ

それさえ言ってくれてたら

それさえ言わなければ

もしもの整数を埋めていく実数にも

悟られることもなく

一は

IF

 

譜奏174