2019年7月3日

人間の心の闇は深いというフレーズを聞く時

私は思わず失笑する

確かに気を惹く良い商品コピーではあるけれど

心には闇などない

心を生涯支配しているのは誰もが気づいている欲望なのだから

そうでしょと私はいつものように空を見る

今日は満天一色の青空

この青は何度も私を惑わせた負の鏡が置かれている場所

だから最後がいつでも構わないからねと私は言う

激しく打ちつける陽光の威厳に灼かれて

最初に盲目になることを覚悟しても

あの日太陽に背を向けていた虹の魔女が

隠れるように潜り込んだ色線を

私は秘密を共有している友情のようにみつめていたから

 

譜奏397

2019年7月1日

人生はお金でしょ、と言っていた知り合いの女は

中堅の芸能関係のプロダクションに就職して

すぐにその事務所の社長の愛人になって

しばらくして奥さんの座に収まっていくつかの事業を立ち上げて

事業を軌道に乗せた頃すでに把握していた旦那の不倫を突きつけて

事務所の一番の収益事業を分社化して離婚太りしていた

タマゴ型のおおらかそうな頬が見事に削がれてしまっていた

ねぇあなた、まだ歌なんてことやってんの?しぶといわネ

褒めてないわよ、気持ちは分かるけどさ、でもやってけないでしょ?

チケットを買ってもらう相手として私は定期的に彼女と会う

そしていつもこのような一方的な会話が続いた後

彼女は持ってきた分だけのチケットを買ってくれるのだ

そろそろ考えなきゃね、いつまでも若くないんだからと言いながら

彼女はいつもの淋しげな顔になってやさしく目線をそらすのだった

 

譜奏396

2019年6月28日

いつまでたっても現れない幸運に

触れない憎しみを抱きはじめていた女は

神様の喜ぶことは何かと考えて正しい日々を過ごし

毎日の祈りも欠かさなかった

いつもより長く希いを祈ったある夜眠りに落ちて

歩いていたら着いてしまったどこかの教会のオルガンの横に

乾いて苦しそうに見えた白薔薇の花弁が目に入って

神様が近くで見ているような気持ちになって

女は聖母のように微笑んで花に香油を塗ってあげた

それが粗い色彩の造花だとわかった時

女は自分の嫉みに触っているような気がしたけれど

作った気持ちと笑みを壊すのが惜しくて知らないフリをしていた

そして朝はっきりとした憎しみの感触を胸に感じながら

女は何故かほっとしている自分に気がついていた

 

譜奏395

2019年6月26日

この前は家出をした冬の話をしましたね

でもわたしあれから嫌いだった冬が好きになったの

こんなおばあちゃんになっても

あの日のわたしが一番好き

きっとどこかに何かがあるって

そんな気しかしなかったから

でも急ぎすぎたみたい

夢をみつけた気になってそれが粉々になって

これってわたしの夢なんかじゃなかったって

泣いたり笑ったり大騒ぎ

それから若さを使ってたくさんの卑しいことをしちゃったけど

その時は女の価値がこんなに早く消えちゃうって知らなかったから

結局売れないパントマイムみたいな人生になっちゃった

ダメねぇ、不健康なプライドは、女だけの毒なのかもしれないわ

 

譜奏394