2018年12月12日

オレンジが上手く剥けなくて

ナイフで横切りにしたら花が咲いたように開いて

私は何だか悲しくて

スプーンでぐりぐりと果肉を潰して

溢れてくる果汁の色をみつめていた

いつかこの色を傷のように思い出すと思いながら

今夜はベランダからキレイな星がたくさん見えていた

私はぼんやりと人の心にはいくつの扉があって

いくつの鍵が必要なのだろうと思いながら

見える星の数を数えようとする誘惑から逃げた

その夜魔女のような髪型をして鏡に写る私の夢を見た

失くした子の写真に本を読んでいる人のように

娼婦のような気分になって歩いている少女のように

その目には何の色も映し出されていなかった

 

譜奏310

2018年12月10日

あまり好きじゃなかった水玉模様の傘を買った突然の雨の夕方

青信号を渡っていたら急に楽しい気分になってきて

手首を左右に返して雨粒の音と遊ぶように横断歩道を越えて

しばらく歩いた橋の上で立ち止まって

私は雨に打たれている川面に水玉を見せて

傘をクルクルと何度も回してみせた

どんなに丁寧に解り合おうとしても

胸に霧を残したままその霧が雲になって

雨になって落ちてくる人もいれば

少し乱暴に曖昧なワガママを見せても

胸に弾んだリズムの響きが想い出に棲みついて

月のない夜に蛍になって会いにきてくれる人もいる

人間は答のないジグソーパズルなのかもしれないと思ったら

誤って川面に落ちた水玉が思わずフフッと笑ったような気がした

 

譜奏309

2018年12月7日

この時計があれば

この時計の針が午前の零時を指すまでは

私は今日の私のままでいられるからと

色のない夢の駅に迷いながら

私は言っていた気がする

その時計は私の思い出を見続けて学習していた

幼い私が朝と夜を生と死のように感じていたことも

1秒に運命を待つ意識を持ち始めた日のことも

同じように狂いなく

私は明日という未来を脅えているのではなく

今日という未来に運命が作用しないことを怖れていると

この時計は戯けるように見抜いている

夜明け前の重い眠りから脱け出した私の影を

部屋のデジタル時計が終わらない嗜眠症のようにみつめていた

 

譜奏308

2018年12月5日

青のクラリティに緑が這う空を

孤独な鳥は翼を鋭角に折って

海風に運ばれるように

潮騒の音を聴きにくる

私は貝殻で足の指を切った時の

鮮やかな血と白い砂が恐くて

波には近づかないようになり

海平線をみつめているだけになっている

そして私たちの前に海が広がっている

孤高を教え群れる無益を諭すように

或いはその意識さえ持たないように

夥しい波の刃が月に向けられる夜

孤独な鳥は翼を重ね岩洞に眠り

私は闇のクラリティの誘ないを知る白凪のように

 

譜奏307