2018年2月9日

◯を×と△を□と言うような

明らかな嘘はついてこなかったような気がする

そんな明らかさには自分が剥がれていく軋みを感じていたからだ

そして私の周囲は誠実さに溢れていて

そんな嘘をつく必要も機会も

なかった気がしている

固形物のような真実という言葉とその背景に

まだ価値があると思っていた頃

私は人には真っ直ぐな一直線の道が

それぞれに与えられていると信じられていた

しかし冷静に思い返してみるとその正直な手応えは△に満たない

△が私の□に2つも3つも共棲していたという実感の方が

今寂しい玩具のようにしっくりと

胸に落ちているのを感じている

 

譜奏179

2018年2月7日

雨にうたれた植物の油分が空中に放たれて

森の中のように芳香していた夜

私は裸足のままベランダに出て

何かの過ちを正すように

建物に遮られた行きどまりの月を見ていた

緩んで活気を失った血を排泄していくように

青く澄みきった冷気が私の身体に入れ替わっていく

その尖った音のような感覚が

私の舌の根のあたりに痛みを与える時

私は安堵して

獣のような深い気を吐き出して

しゃがんだ手で膝を抱えてまた夜を見上げる

ペトリコールに包まれて永遠に

その水面に映る姿をレイアウトするように

 

譜奏178

2018年2月5日

高層ビルのラウンジの窓際席に座って

私は黒いマッチ箱にしか見えない車や

虫たちのような人の流れていく景色を見ていた

こうしていると私はいつも同じことを考える

人が唯一解り合える共有は痛みの他にはないのだろうと

その証に時に痛みを癒す養分など含まれていない

ただ愚鈍に風化させるだけの役割でしかないのだと

この店ではこの国では珍しくファドが流れる

遠く離れた異国の地で紡がれた異端の音楽

哀調のファド

そのアルペジオが奇跡に問うように漠然と奏でられて

そして私は考える

私は何故ここにいるのだろうと

今私の運命は空腹なのかも知れないと

 

譜奏177

2018年2月2日

真冬に暖房をMAXにして部屋を薄明かりにして

アイスクリームを食べる

内緒で少し悪いイタズラをしているように

子供の頃からいくらか潔癖なところがあった私は

そんな自分に反抗するようにそんなことをしていた時期があった

ささやかにはみ出すことは私にとって

思いがけなく存外に楽しいことになっていた

予想通りそれからの私は私の当たり前から

さまざまにエスカレートしてはみ出すようになっていく

破壊することで元々そこにあった何かの形を確かめるように

生きるということが一本の糸を織り込むことなら

私は私の熱の色でその糸を灼き

人生がせめぎ合う水の流れのようなものなら

私はただ意思無き人のようにそのうねりに身を委ねていたい

 

譜奏176