2017年11月10日

飾ることがないその人は

水彩画の美しさは水と絵の具は拒み合うものだから

境界線のように最後にその痕を遺すから

人の目には融合して見えるけれど

実はその形はそれぞれの痣なのかもしれないと

汚れた指を見せながらアイスコーヒーを吸っていた

拒み合ってるってちょっと不思議な感じ方ですねと私が聞くと

そうだね、でも美しいものはだいたいそういう韻律を持ってるよと

日向ぼっこをしている猫の鳴き声のように言うのだ

とても新鮮な考え方だなと思ってその韻律ってどういう感じですかと喉まで言葉が出かかった時

私はしゃっくりのように大笑いをしてしまった

猫が大あくびをしたのだ

まるでお気に入りの屋根で半目で寝転がっているように

 

譜奏139

2017年11月8日

満月だと聞いていた夜

急な大雨に降られてタクシーの座席で目を閉じた

吐く息を1として

28数えたところでブレーキの反動を感じる

動き出した気配から71のところで身体が右に振られたあと

今度はウィンドウの方に首を振られる

そしてそのまま

私は冷たいガラスに頭をつけて身体の芯を凭れさせていた

黒い布を目に被せたように私の視界は音だけになっていく

怯えの構図はきっとこのような仕組みで造られていて

色彩さえ与えられていないのだろうと思った

気がつくと数が音に消えている

敬意を払えないと知っている私の一日を

私自身が忘れていくように

 

譜奏138

2017年11月6日

私が産まれた朝から私の胸に

デッサンのように刻まれていた私の嗜好が

鮮やかな痣になって浮き上がってきた夜を

抜け目の無い月光が泳ぐように盗み見していたことを

私は密かな楽しみと感じて無視を通してきた

伝え合うことなど私たちには不要だと

お互いを牽制してきたのだ

自分を唯一とする自愛者の孤独は

同じ孤独者の高揚さえ拒む

だから私の痣は一人きりの闇にだけ姿を現して

月下に構図を晒すのだ

満ち欠けの斜光に美醜を這わせながら

私と同時に朽ちる点描のその一点を

永遠に円舞するかのように

 

譜奏137

2017年11月3日

爪が割れた

大切なものをすべて奪っていく雨音のように

血に軋みながら

悲しみはいつも寡黙で

気配だけを胸に兆しながら

冷んやりとした陰のように

雨の日を待つ

混ざり合えない堆積と知りながら

潰れていく雨粒に

容赦なく溶け込もうとするように

何かの藍のような人間の感情というものが

人にとっての異物なのかも知れないと言ってしまったから

私の悲しみの息は乱れて

音の死ぬ息とリズムを合わし出している

 

譜奏136