2018年1月15日

雨宿りに入った喫茶店で流れてきたリストを聴いて

私は少し意地悪な気持ちになった

今まで全然気にも留めずにいたことだけれど

当時の音楽家たちは他の音楽家と似ることを極端に嫌って

避けるように作品作りをしている

昔の私はそれを自然な個性だと思っていたけれど

どうやら違うようだ

ただせめぎ合っていたのだろうと思う

個であることを主張しその個性を印象付けるために

私に何かを言える資格はないが何だかその精神が平凡に思えて

リストのプレリュードが耳触りになってきた

崇高なるものは崇高を演出しているに過ぎない

不安定な精神に振られている私の解釈は好きな曲にさえ

予測が難しくなっている

 

譜奏168