2018年4月20日

花降る頃

心を病んでいると私に言った人の言葉が

帰り道の雑踏の中で私の胸に寄生するように

私が一度も試さなかったものをくれていた

しかしそれが言葉として形になったのは

彼女の苦しみが私の養分を糧に成虫して

私の心にまた寄生したと感じた時だった

人は今を生きてはいけないーーー

多分そのような意味でしかないと私は思っている

彼女は解っていながら抜け出せない

何かの化身のような時間に怯えて苦しんでいたのだと思う

しかし私を捉えていた本当の驚きは

その中に微弱な迷いさえなく飛び込んでいった

何の躊躇もない彼女自身の苦しみそのものだった

 

譜奏209

2018年4月18日

私の記憶の中でしなやかな身体を持ち

透明な笑顔を首筋に表していた青年が

萎んだような頬を隠さず私とすれ違った駅を

寂しい想い出を見送るように

私は振り返ったまま見つめていた

歩き出しても心が動けない苦痛を胸に

タイル貼りの歩道を強く蹴り

挑むように出口に向かうと

車の喧騒が襲うように私に迫ってきていた

美しいと思える物はやがて枯れ

透明なものは季節が終わるように濁っていく

そんなつまらないフレーズが私を捕らえる

その声が彼の声のように聞こえて私は振り返り

細くどこまでも続いていそうな階段をただじっと見つめていた

 

譜奏208

2018年4月16日

悪を量刑し謳いし者よ

形あるのなら見せよ

その姿を

無くば

聖を謳いし精の傍らに寄り

君は知るのかと

その水面に

その樹に映る邪悪をと

問いし後

一翼に打ちひしがれし天使の

塞がれた陰に立ち

君こそは知る者なのかと訊け

泥に引きずられた轍を捨て

空に絶望を投げし人の手をと

 

譜奏207

2018年4月13日

自分の感情にまっすぐに生きていくことは

実生活の中では最も困難なことの一つだ

正直に勤勉に

誰かからは忘れたがそんなことを教わって大人になった

誰しもがそう実感していると思う

しかし同時に和を乱さずにとも教えられた

人に思いやりを持つようにと

この辺りから怪しくなっていく

冷静に考えればこの二つのロジックは噛み合わない

飛躍しているかもしれないがその捻れに棲みつくのが

人の歴史を支配してきた憎しみの感情なのではと思ってしまう

思慮なく隠し通せる憎しみを飼ってしまったら

人はその不毛な忍耐の奴隷になっていくのではないか

そんな危うさを私はすれ違う見知らぬ人に感じたりしている

 

譜奏206