楽屋口から深夜営業の店に向かって歩いて
何も聞かないでと言う彼女の前に
私はドリンクバーで淹れたコーヒーを置いて
そして長い時間黙り込んでいた
涙が出ていないだけの泣き顔は永遠のように動かなかった
彼女は青春のほとんどを下積みに費やして
やっとコミカルなキャラでミュージカルに呼ばれるようになって
今日の楽日まで明るいだけの中性を見事に演じ切っていた
知ってるんでしょと聞かれて私は目を伏せた
ピアノしか無かったのよあの子の部屋に
その下で寝てその下で死んじゃったから
私はメイクを落としていない彼女のアイシャドウを見ていた
そしてやっと流れてきた涙をただじっとみつめ返していた
聞こえてくるジングルベルがリフしないようにと願いながら
譜奏312