りんごの香りがする嘘や憎しみを得意とする人がいる
しかし本人にその香りは届かない
その木を植えてそのように誘導しようとした何者かがいるからだ
一緒にいると胸の空白が埋まるとでも囁いて
人はいつか決定的な判断をしなくてはいけない時がくる
その時に信じる何かを持つ人は恵まれているだろう
しかしそれが祝福されたものなのかどうかは解らないままだ
花を見ることはあってもその種を手にしたことはないのだから
いつのまにか心に根付いたモノの始まりを知らない不安は
過ぎ去る時を含んでやがて恐怖のような力に変貌していく
その変化に抗う手立てを持たないことが予め約束されていたかのように
月下に作られる無数の陰は何かの意図を持つ意思ある物なのだろうか
私の目にはいつもやさしく柔らかく投げかけてきてくれるけれど
思えばそれは囁きには似て何の香りもしないのだ
譜奏494