2019年9月27日

煉瓦道の角の花屋さんのガーベラを流し見して

私は白いピアノが置かれている部屋に向かって歩いていた

胸を弾ませて何度この道を歩いたことだろう

女優の夢を一度も捨てようと思わなかった貧しい女が

初めてお金のために働いた店でピアノを奏でていたのが彼女だった

鍵を開けると彼女が振り向いて笑った気がした

私もいつものように明るく微笑んだ気がしていたけれど

蒼い水面のさざめきのような半音階が

悲しい雨音のようにリフレインされていた彼女のノクターンを

私は消えていくだけの幻と知りながら

行き場のない愛しさに溺れていく自分に怯え

決して凍えることのない時という魔物そのものに

憎しみに似た強い敵意だけを募らせて

風音を閉ざすドアにただ茫然と立ち竦んでいただけだった

 

譜奏434